東京高等裁判所 平成4年(行ケ)53号 判決 1995年9月13日
千葉県千葉市稲毛区小仲台四丁目10番15号
原告
小倉崇
訴訟代理人弁護士
有賀信勇
訴訟代理人弁理士
鈴木正次
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
指定代理人
橋本康重
同
横田和男
同
中村友之
同
井上元廣
同
涌井幸一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、昭和62年審判第743号事件について、平成4年1月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和57年8月19日、名称を「高多湿空気の生成方法および装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和57年特許願第143865号)が、昭和61年11月10日に拒絶査定を受けたので、昭和62年1月13日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第743号事件として審理したうえ、平成4年1月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年2月26日に原告に送達された。
2 本願の特許請求の範囲第1項の記載
「水を微小孔より減圧吸入して得た霧化物と、別に大気中より減圧吸入した空気との流れを、鋭角で上向に衝突・合流させ、この合流気体を下方より上方へ垂直の方向に向けて減圧流動させた後、排出させることを特徴とした高多湿空気の生成方法」
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、上記特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨を、「微小孔より減圧吸入して得た水と、別に大気中より減圧吸入した空気との流れを、鋭角で上向に吸引・霧化させ、この霧化物を下方より上方へ垂直の方向に向けて減圧流動させた後、排出させることを特徴とした高多湿空気の生成方法」と認定したうえ、本願第1発明は、特開昭49-85422号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の「霧化」につき実施例に則して検討を加え、「空気細管(14)を介して空気が吸入され、他方、細管(4)内も減圧され吸入孔(18)から水が吸入され、吸入孔(7)内を移動し、合流球(5)の吸入孔(7)、(8)の接合部で、吸入孔(8)からの空気の流れにより、吸入孔(7)からの水があたかも霧吹きのように霧化され」とし、これに基づき、本願第1発明の要旨を上記のように認定したこと、引用例の記載事項及び本願第1発明と引用例発明との一致点・相違点の各認定(審決書3頁8行~7頁14行)は、審決の認定以外にも相違点があるとの留保を付して、認める。審決認定の各相違点についての判断は争う。
審決は、本願第1発明と引用例発明との技術思想の相違を看過したため、審決認定の各相違点についての判断を誤り(取消事由1、2)、本願第1発明の全体としての構成の推考の難易の判断を怠り(取消事由3)、本願第1発明の顕著な効果を看過し(取消事由4)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
すなわち、本願第1発明は、酸素と水素とに解離しやすい状態になった水と空気とを混合した高多湿空気の使用が、エンジンの燃比改善及び排ガス改善に有効であるとの発見に基づき、この点に着目し、このような高多湿空気を生成することを目的とするものである。
本願第1発明が上記技術思想に基づくものであることは、本願明細書に、「エンジン内の燃焼時に、水は容易に解離され、エンジンの燃比の改善および排ガス改善について卓効を有することが明らかになった。」(甲第2号証の2明細書3頁7~10行)と記載されているほか、繰り返し記載されているところ(同5頁11~20行、同6頁2~4行、同9頁4~6行、同10頁16~19行、同15頁2~4行)から明らかである。
これに対し、引用例に、本願第1発明の上記技術思想に相当する記載は一切存在せず、引用例発明が、それによって生成する高多湿空気は、単なる霧化物であることをその技術思想とするものであることは、明らかである。
本願第1発明と引用例発明における技術思想の上記相違を認識することは、審決認定の両発明の相違点についての検討に当たり、両発明の構成を正確に理解するための必須の前提となるものというべきであるのに、審決は、これを看過し、これを認識しないままに論を進めるという誤りを犯したものでである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
審決は、相違点1につき、本願第1発明において、「水は微小孔を通過したあとも合流球(5)の吸入孔(7)、(8)の接合部までは霧化することなく水の状態のままであるので、微小孔を設けたことによって、上記引用例に記載された発明のものと比べ格別の作用、効果を奏するとは認められず、相違点1のようにしたことに意義があるとは認められない。」(審決書8頁2~8行)と認定判断したが、誤りである。
(1) 水分子は単独では存在せず、ぶどうの房のように手をつなぎあって存在する。これを重合と呼び、このような状態の水分子の房を「クラスター」という。通常の水は、36~37個の水分子が手をつなぎあって大きいクラスターを形成しているが、この大きい水のクラスターに適正なエネルギーを与えると、クラスターは細分化され、小さなクラスターとなる。
クラスターが細分化されると、水が活性化し、空気と水との分散混合が容易となる(エマルジョン効果が高まる)とともに、水が分解(解離)しやすくなるので、エンジンの燃焼室内に入ると高熱にあって燃焼する。
本願第1発明においては、水は、減圧吸入されるとき、微小孔を通るものとされているので、このときクラスターが細分化されるのである。
これに対し、引用例発明においては、水は、減圧吸入されるに当たり、微小孔を通るわけではないので、このときクラスターが細分化されることはない。
(2) 本願出願当時、上記クラスターの細分化についての認識を原告(出願人)は有していなかったが、水分子が酸素と水素とに解離しやすい状態を作ることにより、好ましい結果が得られることを経験的に知り、これを前述のとおり本願明細書に記載して明らかにしている。
したがって、審決が、上記のように、本願第1発明において、「水は微小孔を通過したあとも合流球(5)の吸入孔(7)、(8)の接合部までは霧化することなく水の状態のままである」と認定したこと、また、「霧」という用語は、通常は、地表面付近の大気中に浮かんでいるごく微細な水滴の集団を、より一般的には、気体中に液体の微粒子が浮かんでいる状態を意味することは、認めるが、このことから直ちに、「微小孔を設けたことによって、上記引用例に記載された発明のものと比べ格別の作用、効果を奏するとは認められず、相違点1のようにしたことに意義があるとは認められない。」としたのは、両発明における技術思想の上記相違を看過したために犯した誤りといわなければならない。
なお、本願第1発明の要旨における「微小孔」の直径の大きさは、本願明細書中の、「この発明における吸入嘴の直径は0.3mm以下が好ましく、実用的には0.3mm~0.1mmである。」(甲第2号証の2明細書4頁17~18行)との記載に照らし、0.3mm~0.1mmであると判断すべきである。本願明細書中にこの判断と矛盾する記載はない。
(3) 被告は、クラスターは微小孔と比較してはるかに小さい旨を数値を挙げて説明し、これを根拠に、水が微小孔から減圧吸入されても、水のクラスターが細分化されるとは到底考えられないと主張する。
しかし、微小孔とクラスターとの間に、大きさにおいて大きな違いがあるにしても、それだけでクラスターが微小孔から影響を受けないとすべき合理的理由はなく、本願第1発明の微小孔によって、クラスターが細分化し、又は細分化しやすい形態となることは、実験上否定できない(甲第11号証、小林辰夫作成の報告書)。
微小孔を設けることにより、水量を制御できることは明らかであり、この場合、同一減圧で通過水量が小さいことは、通過抵抗が大きいことをことを示している。すなわち、微小孔の孔径の理論値では計算しえない力がかかって、クラスターが細分化され、又は、クラスター内における水分子の結合を弱める力が働いて、クラスターは不安定状態のまま流動し、吸入空気と衝突して衝撃を受ける。
クラスターが塊状に存在する相互力はイオンの引力と考えられ、そうであるとすれば、その力は相互距離の2乗に反比例するので、何らかの外力によって距離が離れると、結合状態を保ちながら分離エネルギーは小さくなることが考えられ、したがって、微小孔によりクラスターが分離しやすい状態となり、空気の衝撃によって分離するであろうことは十分理解しうるところである。
したがって、クラスターの結合エネルギーと減圧吸引された空気のエネルギーとの比較のみをもって、クラスターの細分化はありえないとする被告主張は、余りにも表層的かつ独善的見解といわなければならない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
審決は、相違点2につき、「本願第1発明のように、水と空気との流れを鋭角で上向きにするか、引用例に記載された発明のように、水と空気との流れをほぼ平行で水平とするかは、そのことによって水を霧化させる作用として異なるところがない。また、霧化物を本願第1発明のように下方より上方へ垂直の方向へ向けて流動させても、引用例に記載された発明のように水平方向へ向けて流動させても、霧化物の流動としてみた場合特に異なるところがない。請求人は、前記の如く明細書において、霧化物を下方より上方へ垂直の方向へ向けて流動させることにより、水の消費量を少なくし、エンジンの吸入管に連結した場合、燃料消費量が少なくなるという作用、効果を奏する旨説明しているのであるが、霧化物の流動方向のみにより霧化物に含まれる水の量(水の消費量)が増減するとは認められないので、前記の作用、効果は容認できない。」(審決書9頁12行~10頁9行)と認定判断したが、誤りである。
すなわち、前述した水のクラスターの細分化、本願明細書の表現に則していえば、水の酸素と水素とに解離しやすい状態、あるいは、水の微粒子の分子結合の不安定化を前提にしない場合には、審決認定のとおりであることは認めるが、これを前提にする限り、相違点2に係る構成の相違により、両発明の作用効果には、大きな相違が生ずるのである。
(1) 微小孔を通過することによってクラスターが細分化されて、活性化素地を有する水は、減圧吸入で水と空気を鋭角の方向で混合させることにより、衝突エネルギーでクラスターが更に細分化され、活性化がより進行する。これは、滝の水が、岩に衝突して、クラスターが細分化されることにより、まろやかな味になるのと同じ原理である。
本願第1発明においては、水と空気を鋭角の方向で混合させることにより、水の衝突によるクラスターの細分化によって生ずる活性化を利用して、空気との均一分散混合(高度のエマルジョン効果)を生じさせることができる。
これに対し、引用例発明においては、減圧吸引による水の流れ方向と空気の流れ方向がほぼ平行であるから、クラスター細分化の効果が期待できず、したがって、水と空気の均一分散混合(高度のエマルジョン効果)を期待することもできない。
(2) 空気と水の混合物を下方より上方に流動させることにより、既に細分化されたクラスターの再結合が防止される。
また、本願第1発明におけるように、微小孔を通過した水が、鋭角の方向で空気と混合されることにより、水分子のクラスターが細分化され、高度にエマルジョン化した水と空気においては、空気の混入量は、単に霧化しただけの場合に比べ、はるかに多くなる。このように空気の混入量の多い、高度にエマルジョン化した水と空気の場合、これを下方から上方に流動させることにより、エマルジョン化された微細空気泡に落差を利用した圧力をかけ圧縮し、エマルジョン化された微細空気泡の分散状態を安定化させ、排出時における水の量を減少させることができる。
これに対し、引用例発明においては、水と空気は、単に霧化しただけで、クラスターの細分化は生じておらず、高度にエマルジョン化してもいないために、これらの効果を期待することはできず、まして、落差を利用した圧力がかかることがないから、これらの効果を得ることはできない。
(3) 以上のとおり、相違点2に係る構成により、本願第1発明においては、引用例発明にはない効果を生じているのであり、審決が、「上記相違点2のようにしたことにより、引用例に記載された発明と比べ格別の作用、効果を奏するものとは認められないので、上記相違点2は、当業者が必要に応じ適宜採用し得る設計的事項にすぎないものというべきである。」(審決書10頁10~14行)としたのもまた、両発明における技術思想の上記相違を看過したために犯した誤りといわなければならない。
3 取消事由3(本願第1発明の全体としての構成の推考の難易の判断の脱落)
本願第1発明は、<1>微小孔を介して減圧吸入により水を供給する、<2>減圧吸入された水と空気を鋭角に衝突させる、<3>これによって得られえた合流気体を下方より上方に垂直の方向に向けて減圧流動させるという三つの要素を一体的なものとして組み合わせ、これによって所期の効果を得ようとするものであることは、上述したところによって明白である。
ところが、審決は、上記各要素がそれ自体で有する意義につき検討したのみで、これらを組み合わせる構成の推考の難易については何らの検討も加えることなく、結論に至っている。
仮に上記各要素を独立に取り出したときの審決の認定判断が、それ自体では誤りとはいえないとしても、本願第1発明においてこれらが一体的なものとして組み合わせられていることの意義を検討することなく、同発明の構成の推考の難易の判断に至った点において審決には論理の飛躍があり、これもまた、審決が両発明における技術思想の上記相違を看過したために犯した誤りというべきであって、この誤りがその結論に影響することは、明らかである。
4 取消事由4(格別な効果の看過)
審決は、各相違点についての検討において、本願第1発明の各構成がそれ自体で有する効果については検討しているが、同発明がそれを構成する各要素を組み合わせた一体のものとして奏する全体としての効果に対しては、全く目を向けないまま、その結論に至っているが、誤りである。
すなわち、発明の特許性の判断において最終的に問題となる効果が、発明の構成全体によって奏される効果であり、個々の構成要件自体の奏する効果でないことはいうまでもないことであり、本願第1発明は、最終的には、その要旨に示される構成全体によって、エンジンの排気ガスのNOxとHCの両者が同時に著しく減少し、かつ、燃料が極めて節約されるという、従来技術から予想することの困難な優れた効果を奏するものであり、このことは、本願明細書に示されているのみでなく、引用例発明によるものと本願第1発明によるものとの効果の相違などを明らかにする多くの実験によっても裏付けられているところであるから、審決が、本願第1発明の各構成がそれ自体で有する効果について検討するのみで、同発明がそれを構成する各要素を組み合わせた一体のものとして奏する全体としての効果に対しては、全く目を向けないまま、その結論に至ったのは、結論に影響する誤りといわなければならない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
原告は、本願第1発明は、酸素と水素とに解離しやすい状態になった水と空気とを混合した高多湿空気を生成することをその目的とするものであるのに対し、引用例発明は単なる霧化物である高多湿空気を生成することをその目的とするものである点に、両発明の技術思想の相違がある旨主張する。
しかし、原告が本願第1発明の技術思想であるとするところが、理論的にも実験的にも根拠を欠くものであり、本願第1発明の構成によって得られるのも、引用例発明と同じく単なる霧化物にすぎないことは、後述のとおりであるから、両発明における技術思想の相違をいう原告主張は、本願第1発明の特許性を論ずるうえで無意味というほかない。
1 取消事由1について
(1) 原告の主張自体、水を吸入する孔の大きさによりそこに吸入される水の受ける作用には大きな相違が生ずることを前提にするものであるから、原告主張によっても、同じく微小孔とはいっても、その大きさがどの程度のものであるかによって、そこに吸入される水の受ける作用には大きな相違が生ずるはずである。
ところが、本願第1発明における微小孔の大きさは特定されていないから、その大きさの相違によって、そこに吸入される水の受ける作用にも大きな相違が生ずることにならざるをえない。
したがって、微小孔を通るだけですべての場合に水分子のクラスターが切断されるとする原告主張は、それ自体首尾一貫しないものといわなければならない。
原告は、本願第1発明の微小孔の直径は、本願明細書の記載に照らし、0.3mm~0.1mmであると判断すべきであると主張するが、同発明に係る特許請求の範囲に数値を限定する記載はされていないし、原告自身、出願当初の明細書の特許請求の範囲では「0.3mm以下の微小孔」として数値限定していたのを、補正により、単に「微小孔」としてこれを外したとの経緯があることからすれば、全く不合理な主張という以外にない。
(2) 微小孔の直径を本願実施例に見られる0.1mmとする条件の下でも、水が微小孔を通過する際に減圧吸入以外に外部から何らのエネルギーも付与されていない本願第1発明においては、水のクラスターが微小孔の通過により細分化されるとは、到底考えられない。
すなわち、水のクラスターは、水分子の酸素原子と他の水分子の水素原子が水素結合することにより生成されると考えられており、その切断にはそれを行うに足る外部エネルギーが必要である。
このことは、1993年2月28日発行「水 いのちと健康の科学」(甲第7号証)の「微弱エネルギーである電磁波、特に4~14ミクロンの電磁波あるいは遠赤外線・育成光線は、既述のように水の分子を強力に励起・振動状態にさせるため、・・・この水分子が36~37個と長いチェーンをなしていたのが切断されるのです。」(同68頁2~4行)との記載や、水分子のクラスターの細分化を意図した技術に係る特許文献である特開平4-135690号公報(乙第3号証)においては電気・機械振動変換器により、特開平5-64783号公報(乙第4号証)においては遠赤外線により、外部エネルギーが供給されていることからも明らかである。
水の分子の大きさは数Å(10-10m)である(乙第1号証、昭和55年1月30日発行「マグローヒル 科学技術用語大辞典」、1380頁)から、この水分子が36~37個手をつなぎあって形成されるクラスターも、上記微小孔の直径0.1mm(10-4m)に比べ、はるかに小さく、せいぜい一万分の一程度と推測され、大きさがこのように大きく相違する場合、水が微小孔から減圧吸入されても、減圧吸入により生ずるエネルギーにより水のクラスターが細分化されるとは、到底考えられない。
もっとも、特別の場合、例えば、大流速、高粘度流体等の場合には、単に微小孔を通過するだけでも、微小孔を通過する際に圧力損失(エネルギー損失)が発生し、この損失エネルギーが通過する流体の温度上昇等をもたらすことがあるが、本願第一発明がこの場合に該当しないことは、明らかである。
この点についての原告の説明は、全く客観性のない独善的見解にすぎず、小林辰夫作成の報告書(甲第11号証)は、水と油の乳化(エマルジョン化)の差異を示すだけで、水分子のクラスターの変化を示すものではなく、株式会社東レリサーチセンター東京営業部長作成の「結果報告書」(甲第12号証の1)は、水分子クラスターの変化との関連の明らかでないものであり、いずれも、合理的な根拠となるものではなく、他に根拠となる資料はない。
(3) 以上のとおり、「微小孔」を通過させることにより、水分子のクラスターの細分化(本願明細書の表現に則していえば、水の酸素と水素とに解離しやすい状態、あるいは、水の微粒子の分子結合の不安定化)を実現することはできない。
したがって、相違点1につき、「本願第1発明は、・・・微小孔を設けたことによって、上記引用例に記載された発明のものと比べ格別の作用、効果を奏するとは認められず、相違点1のようにしたことに意義があるとは認められない。」(審決書7頁18行~8頁8行)とした審決の認定判断に誤りはない。
2 同2について
(1) 水と空気を鋭角の方向で混合させる効果について検討する。
前示「水 いのちと健康の科学」(甲第7号証)によれば、水分子クラスターは4~14ミクロンの電磁波で切断され、この電磁波のエネルギーは0.004w/cm2である(同号証62頁図表9)から、水分子クラスターの切断には同程度のエネルギーが必要であると解される。
本願発明の実施例の合流球を用いると仮定して、この合流球中で水と空気を鋭角で衝突・合流させることにより、上記の必要なエネルギーが発生するか否かを検討する。
まず、実験報告書(甲第6号証)によれば、バポライザーの消費水量は、0.35l/hであり、また本願明細書(甲第2号証の2)によれば、合流球5における水と空気を鋭角の方向で混合させる合流点に水を導く吸入孔7の直径は1mmである(同6頁19行)。これらの値から、吸入孔内の水の流速を計算すると、0.124m/secと求められる。
次に、水の密度(1g/cm3)と上記流量から、水の単位時間当たりの質量を計算すると、0.972×10-4kg/SECと求められる。
上記吸入孔内を流れる水の運動エネルギー(K)は、k=1/2mv2の式で与えられることが知られているので、上記流速と質量の各値によって計算すると、0.747×10-6wが得られる。
吸入孔の出口すなわち合流点では、吸入孔の出口面積(0.785×10-2cm2)に上記エネルギーがあるので、単位面積当たりのエネルギーを求めると、0.952×10-4w/cm2となる。
この0.952×10-4w/cm2というエネルギーは、上記必要なエネルギーの約1/40でしかない。しかも、衝撃エネルギーは、直角に衝突するとき最大となり、鋭角で衝突すると減少する。例えば60度の場合(甲第2号証の2、11頁実験例2参照)、0.866(=sin60°)倍となるので、必要エネルギーの約1/50となる。
上記計算値は、いずれも理論値であり、現実にはエネルギー損失により、水分子クラスターに作用するエネルギーが理論値以下となるのはいうまでもない。
したがって、本願第1発明において、水と空気を鋭角で衝突・合流させることにより、水分子クラスターが切断されるとは解されず、水を霧化するメカニズムに引用例発明と格別の差異が生ずるとは解されない。
(2) 空気と水の混合物を下方より上方に流動させる効果についても、原告の主張は、その前段階における水分子クラスターの細分化を前提にするものであるが、水が微小孔を通過する際及び水が空気と鋭角で衝突・合流させられる際にいずれにおいても、水分子のクラスターの細分化は生じないことは、既に述べたとおりであるから、原告の主張は、その前提において既に誤ったものといわなければならない。
のみならず、空気と水の混合物を下方より上方に流動させることによりクラスターの再結合が防止できるとする原告の主張は、その理論的説明を欠いており、独善的見解であるにすぎない。
また、上向き垂直方向に流動させると、重力の影響を受けることが一応考えられるが、水と空気の混合した霧化物が比重の小さい流体であること、本願第1発明においては、霧化物は減圧吸入により上方に連続して流動しているのであり、しかも下方から上方に流動する距離は数十cm程度と推測されることからすれば、重力の影響は無視される程度のものといわざるをえず、この程度の位置エネルギーでは、原告が主張するような作用効果が発生するとは考えられないから、この点においても原告の主張は失当である。
(3) 以上のとおりであるから、相違点2につき、「上記相違点2のようにしたことにより、引用例に記載された発明と比べ格別の作用、効果を奏するものとは認められないので、上記相違点2は、当業者が必要に応じ適宜採用し得る設計的事項にすぎないものというべきである。」(審決書8頁10行~10頁14行)とした審決の認定判断に何らの誤りもない。
3 同3について
本願第1発明は、その各構成要件のいずれについても、引用例発明との関係においてこれにない意義を認めることができないことは上述のとおりである以上、全体としてみても、これに引用例発明にない意義を認めることはできないものといわなければならない。
4 同4について
エンジンの吸入空気に水や水蒸気を吸入すると、エンジンの排気ガスのNOxとHCの両者が減少される効果を奏することは、引用例にも記載されている(甲第3号証8欄4~7行)のみならず、特開昭51-119424号公報(乙第11号証5頁第4表、第5表)、特開昭52-124529号公報(乙第12号証4頁右上欄の表)、特開昭51-132323号公報(乙第13号証)にも記載されているように、本願出願前既に周知に属する技術常識にすぎない。また、燃料が節約される点も、本願出願前周知の事項に属する(甲第3号証8欄7~11行、乙第11号証4頁第2表、第3表)。
したがって、原告が従来技術から予想することの困難な優れた効果と主張する本願第1発明の効果は、従来周知の範囲に属するものといわなければならず、審決がこの点に特に触れなかったからといって、格別問題となることではない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 本願第1発明と引用例発明とが、減圧吸入して得た水と、別に大気中より減圧吸入した空気との流れを、吸引・霧化させ、この霧化物を減圧流動させた後、排出させることを特徴とした高多湿空気の生成方法である点で一致する(審決書6頁18行~7頁2行)が、本願第1発明では、水を微小孔より減圧吸入しているのに対し、引用例発明では、このことが記載されていない点(相違点1)において相違する(審決書7頁4~8行)ことは、当事者間に争いがない。
(2) この相違点1に係る「微小孔」につき、本願第1発明を示す前示特許請求の範囲第1項には、「水を微小孔より減圧吸入して」とのみ記載され、それ以外に何らの限定もされていないことが明らかである。
そして、この特許請求の範囲第1項の記載は、当初の明細書(甲第2号証の1)において、特許請求の範囲第1項に「水を0.3mm以下の微小孔より吸入して」と、第2項に「微小孔の直径を0.3mm~0.1mmとした特許請求の範囲第1項記載の高多湿空気の生成方法」と記載されていたのを、平成3年2月1日付け手続補正書により補正したものであり、この補正後の本願明細書(甲第2号証の2)において、特許請求の範囲は第1項から第4項まで4つの項に記載されているが、そこには、第2項に記載された微小孔の大きさについて特に規定のない高多湿空気の生成装置の発明につき、その第3項に、「微小孔の直径を0.3mm~0.1mmとした特許請求の範囲第2項記載の高多湿空気の生成装置」と記載されているだけで、その他に、微小孔につき何らの規定を置いた記載がないことが認められる。
この事実によれば、特許請求の範囲第1項の記載は、直径を0.3mm~0.1mmとしたものが「微小孔」に含まれることを示すと同時に、微小孔の径の大きさはこれに限られないことを示すことは明らかである。本願明細書(甲第2号証の2明細書)の発明の詳細な説明中において、「微小孔の直径を0.3mm~0.1mmとしたものである。」(同4頁6~7行)、「この発明における吸入嘴の直径は0.3mm以下が好ましく、実用的には0.3mm~0.1mmである。」(同4頁17~18行)と記載されているが、このことは、上記認定を覆すに足りるものではない。
本願明細書に接した当業者が、本願第1発明の微小孔には、0.3mmを超えるものが含まれると理解することは、内山雅晴作成の「実験報告書」(甲第4号証)において、本願の図面(甲第2号証の1図面)に示された装置を用いて、「吸入孔(18)が微小孔であることが格別の作用、効果を奏するかどうかを確認する」(甲第4号証2枚目6~7行)ために、特定の実験条件下で行われた実験において、微小孔の寸法を、0.3mm、0.5mm、0.7mm、0.9mmとしたものが用意され、「微小孔の径により水排出量が大きく変化し、0.7mm以上では所定の機能を果たさないことが確認された。」(同2枚目24~25行)として、0.3mmを超えるものを、本願の図面に示す装置の一例と認めていることからも、明らかである。
(3) 原告は、本願第1発明における「微小孔」の大きさが上記0.3mm以下であることを前提として、本願第1発明においては、水は減圧吸入されるとき、微小孔を通ることにより、水分子のクラスターが細分化されることになると主張する。
しかし、上記のとおり本願第1発明の微小孔の大きさを原告主張のように限定して解する根拠のないことは前示のとおりであるから、原告の上記主張は、すでに前提において採用できない。
また、この前提に従っても、水分子のクラスターが細分化されることは、本願明細書中に何ら説明されていない。すなわち、特許請求の範囲第1項には、「水を微小孔より減圧吸入して得た霧化物」と記載され、発明の詳細な説明には、「この発明は、微細孔より水を吸入して水粒子を十分微細(霧化)にすると共に、これに空気を均一に混合して高多湿空気としたので」(同3頁5~7行)と記載され、実施例に関し、「エンジン12の始動により吸入管13内が減圧されると(例えば400Hg前後)、吸入連結管11を介し、吸入細管9内も減圧される。そこで霧化細管4内も減圧され、吸入孔18から水が吸入される。然し乍ら吸入孔18は直径0.1mmの微細孔であるから、前記減圧吸入によって水は直ちに霧化して霧化細管4内を矢示19の方向へ移動し、吸入孔7を経て合流孔6に入る。」(同7頁12~20行)として、いずれも、霧化することが説明されているにすぎない。
のみならず、本願明細書中の上記各記載は、水が霧化されるのは、水が微小孔を通過した後、空気と衝突・合流する前であるかのように説明しているが、このようになることの科学的根拠はなく、審決の認定するとおり、「水は微小孔を通過したあとも合流球(5)の吸入孔(7)、(8)の接合部までは霧化することなく水の状態のままである」(審決書8頁2~4行)のであって、水が霧化されるのは、「合流球(5)の吸入孔(7)、(8)の接合部で、吸入孔(8)からの空気の流れにより、吸入孔(7)からの水があたかも霧吹きのように霧化され」(審決書5頁2~5行)るものであることは原告も認めるところである。
そして、「霧」という用語が、通常は、「地表面付近の大気中に浮かんでいるごく微細な水滴の集団」を、より一般的には、「気体の中に液体の微粒子が浮かんでいる状態」を示す用語であることは原告の自認するところであるから、本願第1発明における「霧化」あるいは「霧化物」の用語は、気体である空気の中に液体である水の微粒子が浮かんでいる状態にすること、あるいは、この状態になっているものを意味することは明らかであり、これを通常の霧吹きによる霧化と区別する技術的根拠はないものといわなければならない。
したがって、本願明細書に開示されたところによれば、本願第1発明において、水が微小孔を通過することによって、原告主張のように水分子のクラスターが細分化されるとは、到底認めることができない。
(4) 原告は、本願出願当時、上記クラスターの細分化についての認識を有していなかったが、水分子が酸素と水素とに解離しやすい状態を作ることにより、好ましい結果が得られることを経験的に知り、これを本願明細書に記載して明らかにしている旨主張する。
しかし、上記のとおり、本願第1発明の要旨は、原告の主張によってもクラスターの細分化が生ずることはない0.3mmを超える径の微小孔を除外するものではないから、本願第1発明の微小孔の技術的意義は、これを客観的にみる限り、前示内山雅晴作成の「実験報告書」(甲第4号証)に示されているような、水を霧化するために、水の吸入量を空気の吸入量との関係で制御することにあり、これを超えた格別の意義を認めることはできないといわなければならず、他方、引用例発明においても、吸入した水が空気と合流して霧化するものとされている以上、水が吸入される孔は、霧化を妨げないものとされていることは明らかというべきであるから、結局のところ、本願第1発明と引用例発明との間に、この点に関して、何らの相違もないというのほかはない。
小林辰夫作成の「衝撃を与えた水の分子クラスターについての目視検証」と題する書面(甲第11号証)、各「結果報告書」(甲第12号証の1、甲第17号証)、各「実験報告書」(甲第15、第16号証)は、上記認定を妨げるものではない。
したがって、審決が、「微小孔を設けたことによって、上記引用例に記載された発明のものと比べ格別の作用、効果を奏するとは認められず、相違点1のようにしたことに意義があるとは認められない。」(審決書8頁5~8行)と判断したことに、誤りはない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
本願第1発明と引用例発明が、審決認定のとおり、「本願第1発明では、水と空気との流れを鋭角で上向きに吸引・霧化させ、この霧化物を下方より上方へ垂直の方向へ向けて流動させているのに対し、引用例に記載された発明では、水と空気とはほぼ平行で水平方向に吸引・霧化させ、霧化物は水平方向に向けて流動させている」(審決書7頁9~14行)点で相違することは、当事者間に争いがない。
本願第1発明の要旨には、「鋭角で」とあって、それ以上に特段の限定はなく、本願明細書(甲第2号証の2明細書)中には、本願の図面(甲第2号証の1図面)に示された実施例につき、「二つの吸入孔7、8を相互に鋭角(例えば相互角度10度)方向より接合連結する。」(甲第2号証の2明細書6頁19~20行)と記載されているのみで、「鋭角」を限定する記載は認められない。
したがって、鋭角の範囲には、0°に限りなく近い角度も含まれるといわなければならず、そうである以上、水と空気との流れを鋭角で吸引・霧化させている本願第1発明と、ほぼ平行で吸引・霧化させている引用例発明との間に、水を空気と混合して霧化させる点において、特段の差異が生ずるものとは認められない。
また、霧化物を流動させる方向を、本願第1発明のように「下方より上方」とするか、引用例発明のように「ほぼ水平方向」とするかの相違は、両発明において、霧化物はともに減圧によって流動される点において一致するのであるから、霧化物に掛かる重力の影響は無視できる程度であることは明らかであり、この点において差異が生ずるものとは認められない。
したがって、審決が、「相違点2のようにしたことにより、引用例に記載された発明と比べ格別の作用、効果を奏するものとは認められないので、上記相違点2は、当業者が必要に応じ適宜採用し得る設計的事項にすぎないものというべきである。」(審決書10頁10~14行)と判断したことに、誤りはないといわなければならない。
3 取消事由3(本願第1発明の全体としての構成の推考の難易の判断の脱落)について
原告は、本願第1発明は、その構成が一体としてなることにより、本願明細書に記載されている優れた効果を奏するものであると主張し、本願明細書(甲第2号証の2明細書)には、「この発明によれば、水を微小孔より減圧吸入させて霧化し、これを減圧吸入させた空気と鋭角度、かつ上向で衝突させて細管中を高速流動させたので、水はきわめて微細粒となると共に、空気と均一に混合し、水の分子は酸素と水素の結合が弱くなり、解離し易い状態の高多湿空気となる効果がある。」(同14頁下から3行~15頁4行)との記載があることが認められる。
しかし、上記「水はきわめて微細粒となる」との意味が、原告主張のように水分子のクラスターが細分化されることであるならば、本願第1発明の要旨には、取消事由1について述べたとおり、原告の主張によってもこのようにならない単なる霧化の場合が含まれ、この場合には、引用例発明の霧化と差異はなく、また、相違点2に係る構成には、引用例発明と作用効果において差異を生じさせる技術的意義がないことも前示のとおりである。
上記「水の分子は酸素と水素の結合が弱くなり、解離し易い状態の高多湿空気となる」との記載は、当裁判所に顕著な水分子の分子結合力の強さに照らせば、およそ、本願第1発明の構成により、水分子の結合力を弱める程の力が水分子に与えられるものとは考えられず、したがって、本願第1発明と引用例発明とにおいて、生成される多湿空気に特段の相違があるとは認められない。
原告は、本願第1発明と引用例発明との技術的思想の差異を強調するが、以上のとおり、原告の主観的認識はともかく、発明の構成の持つ技術的意味を客観的にみれば、その差異は認められないというほかはない。
室木巧作成の「意見書」(甲第29号証)に示された見解は、使用された装置の微小孔の径が明らかでないうえ、その装置は、「空気が衝撃的に水中に混入すると、多数の泡が発生するため、これを水中から分離しなければ水がノズルから噴射されない」(同号証1枚目下から8~7行)ものであり、この場合の「泡」とは、水中に空気が封じ込まれた気泡を意味するものと解されるところ、本願第1発明は、水と空気を合流させて霧化し、この霧化物を減圧流動させた後、排出する方法であるから、上記のような気泡が生じた水を減圧流動させた後、排水する方法が本願第1発明の実施といえるかにつき疑義があり、採用することができない。
以上のとおり、本願第1発明と引用例発明との各相違点に係る構成は、これにより生成される多湿空気に差異を生じさせるものではないから、審決が、本願第1発明と引用例発明との一致点を前提にして、各相違点の意義を検討し、結論に至った判断の過程に、原告主張の瑕疵はない。
4 取消事由4(格別な効果の看過)について
本願第1発明と引用例発明との間に、生成する多湿空気につき特段の相違のないことは、上述のとおりである。
本願明細書(甲第2号証の2明細書)には、直径0.1mmの微小孔を持つ本願第1発明の実施例の効果として、「30%乃至50%の燃料を節約すること」(同9頁11~12行)、「空燃比を1:19まで引上げることができたので、HCおよびCOを低下させたのみならずNOXも著しく低減すること」(同10頁3~5行)、例えば「NOXが20数%低下し、HCがほぼ1/2になったこと」(同14頁下から6~5行)が記載されている。
このように、本願第1発明においては、生成する高多湿空気をエンジンの燃焼室内へ供給することにより、燃料消費量を節約し、排ガス中の炭化水素(HC)・一酸化炭素(CO)・窒素酸化物(NOX)を低減させる効果を奏するものであるが、このように、エンジンに水あるいは水蒸気を供給することにより、燃料消費量を節約し、排ガス中のCO、NOX、HCを低減するという効果が得られることは、特開昭51-119424号公報(乙第11号証)、特開昭52-124529号公報(乙第12号証)、特開昭51-132323号公報(乙第13号証)の記載により、本願出願前、周知の技術であったと認められる。
引用例発明も同様の効果を奏するものであることは、引用例(甲第3号証)の「本発明装置を一般使用過程車に・・・取付后は取付前に対して、CO、HC、NOXなどに対して50%以上の低減効果が認められた。又70000km走行の使用過程車に取付けた場合の燃料消費の傾向は、対燃料20%程度の水注入条件において6ヶ月間15000kmの走行において燃料が5%以上の減少傾向が見られた。」(同8欄4~11行)との記載から明らかである。
そうすると、本願第1発明の上記効果は、その実施例の一例につき、予測される作用効果を単に実験によって確認したという以上の意味を有するものではなく、これをもって予測を超えた顕著な効果ということはできない。
原告は、本願第1発明の効果を示すものとして、多数の資料(甲第5、第6、第9、第10、第13、第14、第18~第21、第26、第27号証)を提出し、これによれば、本願第1発明を実施する装置には、一定以上の効果を有することが認められるが、本願第1発明の要旨には、原告の主張によっても水のクラスターの細分化が生じない微小孔のものが含まれるのであるから、上記効果をもって本願第1発明の効果と即断することはできず、本願第1発明の特許性の判断の結論に影響を及ぼすものとすることはできない。
したがって、審決が本願第1発明の全体の構成の持つ作用効果について特に論及することなくその結論に至ったことをもって、結論に影響する瑕疵とすることはできない。
5 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官山下和明は、転補のため署名捺印できない。 裁判長裁判官 牧野利秋)
昭和62年審判第743号
審決
千葉県千葉市小仲台4-10-15
請求人 小倉崇
東京都新宿区信濃町29番地 徳明ビル 鈴木正次特許事務所
代理人弁理士 鈴木正次
昭和57年特許願第143865号「高多湿空気の生成方法および装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年 2月24日出願公開、特開昭59-34470)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
(手続の経緯、本願発明の要旨)
本願は、昭和57年8月19日の出願であって、平成3年2月1日付けの手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲には次のとおり記載されている。
1 水を微小孔より減圧吸入して得た霧化物と、別に大気中より減圧吸入した空気との流れを、鋭角で上向に衝突・合流させ、この合流気体を下方より上方へ垂直の方向に向けて減圧流動させた後、排出させることを特徴とした高多湿空気の生成方法
2 水を微小孔より減圧吸入して霧を作る霧化細管の一端と、大気中より空気を減圧吸入する空気細管の一端とを互いに鋭角に上に向けて連結して合流部を形成し、前記霧化細管の他端は水タンク底に臨ませて微小吸入孔を有する吸入嘴と連結し、前記空気細管の他端は調節弁を介して下界と連通させ、前記合流部に下方より上方へ垂直の方向に向いた吸入細管の一端を連結し、吸入細管の他端を排出部に連結したことを特徴とする高多湿空気の生成装置
3 微小孔の直径を0.3mm~0.1mmとした特許請求の範囲第2項記載の高多湿空気の生成装置
4 吸入細管の直径は2mm以下であって、長さ100mm~130mmとした特許請求の範囲第2項記載の高多湿空気の生成装置
ところで、特許請求の範囲第1項ないし第4項記載の発明に関しては、明細書及び図面に記載された本願の発明の実施例について、水タンク(1)内に設けられた0.3mm以下の微小孔(吸入孔(18))より吸入された水は、合流球(5)の空気との合流部までは微粒子化(又は気化)することなく、液体の状態を維持すると認められるので、当審における平成2年11月29日付け拒絶理由通知書において、その旨なお書きで指摘したところ、上記のように、水は微小孔において「霧化」するものと補正されたものであり、平成3年3月19日請求人及びその代理人に対して面接し、「霧化」するのかどうかについて公的機関において実験し、その実験結果を半年以内に報告するように要請したが、平成3年12月6日現在、報告書の提出がない。
そこで、上記指摘した点について検討してみるに、本願の発明の実施例は、添付された第1図に示されているように、水を収容した水タンク(1)の内側底部に〓材(2)を設置し、〓材(2)内に吸入孔(18)を有する吸入嘴(3)を埋設すると共に吸入嘴へ直径約1mmの細管(4)の一端を連結し、水タンクの中央部に合流球(5)を固定し、該合流球内に外壁より中心に至る間に直径約2mmの合流孔(6)を設け、該合流孔の内側に直径約1mmの二つの吸入孔(7)、(8)を相互に接合連結し、合流孔(6)の外端に直径約2mmの吸入細管(9)の一端を連結し、吸入孔(7)の外端に前記細管(4)の他端を連結し、吸入孔(8)の外端には直径約1mmの空気細管(14)の一端を連結しており、ここで、吸入細管(9)内を減圧させた場合、流体力学の法則等により、合理的に判断すれば、空気細管(14)を介して空気が吸入され、他方、細管(4)内も減圧され吸入孔(18)から水が吸入され、吸入孔(7)内を移動し、合流球(5)の吸入孔(7)、(8)の接合部で、吸入孔(8)からの空気の流れにより、吸入孔(7)からの水があたかも霧吹きのように霧化され、この霧化物が合流孔(6)、吸入細管(9)を上方へ移動すると認められる。つまり、エンジンの吸入管内負圧相当の負圧においては細管(4)内及び吸入孔(7)内は、水の状態のままであり、吸入孔(7)、(8)の接合部ではじめて水は空気と混合して霧化物となるものであり、細管(4)及び吸入孔(7)内の水がそれ以外の状態になるとする合理的理由又は根拠がない。
してみると、明細書の特に特許請求の範囲第1項に記載しているように、細管(4)及び吸入孔(7)内で水が「霧化」(又は微粒子化)するとしたこと、及び該霧化物(又は水の微粒子)と、空気細管(14)からの空気とが「衝突・合流」するとしたことは誤った認識に基づいたものであり、本願発明のうち特に特許請求の範囲第1項記載の発明(以下、「本願第1発明」という。)の要旨とするところは、次に記載されたものと解される。「微小孔より減圧吸入して得た水と、別に大気中より減圧吸入した空気との流れを、鋭角で上向に吸引・霧化させ、この霧化物を下方より上方へ垂直の方向に向けて減圧流動させた後、排出させることを特徴とした高多湿空気の生成方法」
(引用例)
当審で平成2年11月29日付けで通知した拒絶の理由に引用した、特開昭49-85422号公報(以下、「引用例」という。)には、「減圧吸入して得た水と、別に大気中より減圧吸入した空気との流れをほぼ平行で水平方向に吸引・霧化させ、この霧化物を水平方向に向けて減圧流動させた後、排出させることを特徴とした高多湿空気の生成方法」が記載されている。
(対比)
本願第1発明と、上記引用例に記載された発明とを対比すると、両者は、「減圧吸入して得た水と、別に大気中より減圧吸入した空気との流れを、吸引・霧化させ、この霧化物を減圧流動させた後、排出させることを特徴とした高多湿空気の生成方法」である点で一致しており、次の各点で相違している。
相違点1。本願第1発明では、水を微小孔より減圧吸入しているのに対し、引用例に記載された発明では、水をタンクの底部より減圧吸入しているものの微小孔より吸入しているかどうか記載されていない。
相違点2。本願第1発明では、水と空気との流れを鋭角で上向きに吸引・霧化させ、この霧化物を下方より上方へ垂直の方向へ向けて流動させているのに対し、引用例に記載された発明では、水と空気とはほぼ平行で水平方向に吸引・霧化させ、霧化物は水平方向に向けて流動させている。
(当審の判断)
上記相違点にこついて検討する。
相違点1について。
本願第1発明は、水を微小孔より減圧吸入したことにより、水は直ちに霧化して霧化細管(4)内を移動するものであり、空気と霧との混合が均一となる作用を奏する旨、明細書において説明しているが、前述のように、水は微小孔を通過したあとも合流球(5)の吸入孔(7)、(8)の接合部までは霧化することなく水の状態のままであるので、微小孔を被けたことによって、上記引用例に記載された発明のものと比べ格別の作用、効果を奏するとは認められず、相違点1のようにしたことに意義があるとは認められない。
相違点2について。
本願第1発明は、水と空気との流れを鋭角で上向きに吸引・霧化させたことにより、吸入孔(7)と鋭角に連結した吸入孔(8)から空気が吸入され、水の霧体は恰も霧吹きの如く、空気と水の霧化物とが共に吸引され均一混合物となること、更に、該混合された霧化物を下方より上方へ垂直の方向へ向けて流動させることにより、水の消費量を少なくし、エンジンの吸入管に連結した場合、燃料消費量が少なくなるという作用、効果を奏する旨、明細書において説明しているが、上述のように吸入孔(7)内が霧体となるのは誤った認識であって、吸入孔(7)内は水の状態であり、吸入孔(7)、(8)の接合部で、水と空気との流れを鋭角で合流させ、吸入孔(8)からの空気の流れにより吸入孔(7)からの水があたかも霧吹きのように霧化されるものであり、引用例に記載された発明も、導入ポート(4)から導入された水は、水噴射ノズル(2)の先端部において空気導入ポート(1)から導入された空気と合流し、細隙(3)を通過する空気の流れにより水噴射ノズル(2)の先端から水があたかも霧吹きのように霧化されるものであるので、水を霧化させる原理は同じである。
そして、本願第1発明のように、水と空気との流れを鋭角で上向きにするか、引用例に記載された発明のように、水と空気との流れをほぼ平行で水平とするかは、そのことによって水を霧化させる作用として異なるところがない。また、霧化物を本願第1発明のように下方より上方へ垂直の方向へ向けて流動させても、引用例に記載された発明のように水平方向へ向けて流動させても、霧化物の流動としてみた場合特に異なるところがない。請求人は、前記の如く明細書において、霧化物を下方より上方へ垂直の方向へ向けて流動させることにより、水の消費量を少なくし、エンジンの吸入管に連結した場合、燃料消費量が少なくなるという作用、効果を奏する旨説明しているのであるが、霧化物の流動方向のみにより霧化物に含まれる水の量(水の消費量)が増減するとは認められないので、前記の作用、効果は容認できない。
以上のように、上記相違点2のようにしたことにより、引用例に記載された発明と比べ格別の作用、効果を奏するものとは認められないので、上記相違点2は、当業者が必要に応じ適宜採用し得る設計的事項にすぎないものというべきである。
(むすび)
したがって、本願第1発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
なお、前述のように本願の第1発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、このような発明を包含する本願については、特許請求の範囲第2項記載の発明について拒絶理由があるか否かにかかわらず、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
平成4年1月16日
審判長 特許庁審判官(略)
特許庁審判官(略)
特許庁審判官(略)